2008年04月08日

浜下り

4月8日は旧暦3月3日。

この日は「サニジ」と呼び、「浜下り」をする日です。



サニジには女性は浜に下りて、海に足をひたし、厄払いをする習慣がありますが、

現在では大潮の干潮にあわせて、家族で潮干狩りをする一大レジャー日でもあります。

八重山民俗園の裾野に広がる名蔵アンパルは、今も昔も絶好の潮干狩りスポット!!

家族で浜下り、潮干狩り。

夕食は海の幸が並ぶんでしょうね~。

~~~~浜下りの由来~~~~

むかしあるところに美しい娘がいた。その娘の元に毎晩美しい青年が通っていた。
やがて娘は妊娠を母親に打ち明けた。驚いた母親は娘に麻糸のついた針を男の
髪に刺すように言いつけ、娘はそのとおりにした。
よく朝母親が麻糸をたどっていくと、糸は岩の下の穴に入っていった。
母親が耳をすませて聞いていると、中から話し声が聞こえた。
「僕は人間の腹に自分の種を宿させているから、今針に刺されて死んでも
悔いはない。」
別の声で「人間は利口だから、海へ下りて飛んだり跳ねたり波と遊んで、
お前の種をすっかり下ろしてしまうだろう」ということであった。
母親が驚いてのぞくと、アカマター(ヘビの一種)が頭に針を刺されてうなっていてた。
それから3月3日に女性は海で足を濡らして身を清めるという習慣がはじまったということである。

「八重山生活誌」 宮城 文著 より

地域によって、話はすこしずづ変わりますが、
人間の男に化けたヘビの子を妊娠した娘を
海で堕胎させたという大意は共通しているようです。

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Posted by あやぱに at 10:00Comments(0)TrackBack(0)伝統行事

2008年02月22日

十六日祭(ジュルクニツ、ジュウルクニチー)

今日は十六日祭です。

2月22日は旧暦の1月16日にあたります。

十六日祭は、特に宮古、八重山で盛んな行事です。

沖縄本島でも行われますが、宮古、八重山ほど盛大ではないようです。

反対に、本島では盛大に行われる清明祭(シーミー)は八重山ではあまり行われません。

飛行機便も那覇⇔宮古、石垣間は満席状態になりますびっくり!!
正月には帰省しなくとも、十六日祭には帰ってくる方も多いのです。

この日は後生(グソー、あの世)の正月といわれ、

親戚一同で重箱にご馳走を用意してお墓参りをします。

家族や親戚が集まって座れるくらい、沖縄の墓は大きいのですよびっくり!

 画像は新川公園にある亀甲墓。

お酒やご馳走を供えて、焼香した後は、みんなでご馳走を食べ、

めったに会わない親戚ともゆんたくし、にぎやかにすごし、

ご先祖様にも正月を楽しんでもらうのです。

今日は学校や職場も昼から休みのところが多く、個人商店なども閉まるところが多いです。

新聞広告には数日前から十六日祭オードブルの広告が並びます。

今年はホテルのオードブルの広告もあっておししそうでした~パンダ

内地ではなじみのない「十六日祭」だけに、 
「なんで????休み???」
 とふしぎに思われるかも。

今日ばかりはお墓の前は大渋滞、どこよりも墓地が大変にぎわいます。

ご先祖様を大切にする、沖縄の大事な伝統行事。

申し訳ないですが、観光客の皆様の参加できる行事とは異なります。

八重山民俗園は通常通り営業していますが
お墓に行くスタッフはお休みしてます。

残ったスタッフでがんばりますので、どうぞいらっしゃいませ。

十六日祭で帰省なさった方々もお待ちしております。キラキラ 

十六日祭の由来 宮城文著 「八重山生活誌」より
 
由来① 
察度王時代、那覇久米村に移住した中国人たちが中国の元尚祭にならって、
正月飾燈篭を作って祝ったが、後には神仏に供える十六日の燈篭祭りとなり、
その余風が今の十六日祭。

由来② 
琉球王朝時代、正月1日~15日までは城内の諸行事を済ませて、
16日には臣下を父母への年頭のあいさつのために帰郷させたという。
ところが、ある臣下が家へ帰ってみると、父母は早この世のものではなかったので、
墓参りをして年頭の辞を墓前で述べたのがその始まりだともいう。


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Posted by あやぱに at 09:00Comments(0)TrackBack(0)伝統行事

2008年02月09日

生年祝 カジマヤー



旧正月には生年祝(マリドシヌヨイ、ショーニンヨイ)も行われます。

十二年ごとにまわってくる干支が生まれた年の干支に当たる年を

その人のマリドシ(生年)としてお祝いします。

つまり最初の生年祝いは13歳(数え年)で、十三祝いとして特に女の子は盛大にお祝いします。

その後も十二年ごとに、25歳、37歳、49歳、61歳、73歳、85歳と生年祝いをしますが、

もっとも盛大にお祝いされるのはなんと言っても

97歳「カジマヤー」であります!!

現在でも97歳のご長寿は尊敬に値しますが、昔はなおのこと、

97歳のカジマヤーを迎える方はまれであり、一族、集落を挙げて盛大にお祝いしました。

先日2月7日に石垣市民会舘で85歳、97歳の生年祝いの方々を招いて、

祝典が執り行われました。

なんと今年は97歳カジマヤーを迎える方が44名、

85歳の生年を迎える方が171名いらっしゃるそうです。

謹んで敬意を表すとともに、お祝い申し上げます。

さてさて、その後、カジマヤーを迎えた方のお一人、

糸州苗子さんは集落でパレードを行いました。



登野城小学校の鼓笛隊を先導に、きれいに着飾って大きな風車を持った

苗子ばあちゃんを乗せた車、ばあちゃんの名前の入った手ぬぐいをつけ、手に手に風車を持った親族が続き、

集落内を練り歩きました。

沿道では付近の住民から祝福をうけ、主役の苗子ばあちゃんは車中からにこやかに手を振り、

親族から風車や泡盛のミニボトルが振舞われました。

現在の八重山があるのは大変な時代を生き抜いてきたこの時代の方々の努力があってこそ。

ご長寿にはぜひともあやからねば、ということで、あやぱにも風車持って歩いてきました。(実は親戚)

夜には親族でカジマヤー祝いの宴席が催され、おめでたく、にぎやかな一日でした。

糸州 苗子様、カジマヤーおめでとうございます


*カジマヤーとは沖縄方言で風車のこと


*参考文献 「八重山生活誌」 宮城 文著 沖縄タイムス社

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Posted by あやぱに at 22:00Comments(0)TrackBack(0)伝統行事

2008年01月14日

ムーチー(鬼餅)

おーりとーり


旧暦の12月8日は鬼餅、ムーチーの日です。
今年は明日、1月15日にあたります。

この日にはゲットウ(月桃)の葉に餅を包んだカーサームーチーをつくり、厄払いをするのです。

 ゲットウ(ショウガ科)

特にその年子供の生まれた家庭は、普通の餅より大きい「力餅」をつくって食べたそうです。
子供のいる家庭ではその子の年の数だけムーチを作ってさげたそうです。
昔は12月8日のムーチーの日に正月までの日数を計算してその分だけ天井につるし、
一日ひとつずつ食べたそうです。
また、一年中でもっとも寒いこの頃の寒さをを「ムーチービーサー」とよびます。
今年はあったかいかと思っていたら、やっぱり寒さが来ましたねぐすん

ムーチーの行事は沖縄本島の首里由来なので、八重山ではあまり盛んではありません。

でも、おいしいムーチー、せっかくなので八重山でも楽しみましょう!!

というわけでムーチーの日にちなんで、園内農家の屋敷にて

「手作りムーチー限定販売」いたします。

ムーチー初めての方も、ぜひお試しくださいませ。
縁起のよいムーチーを食べて無病息災を祈りましょう!

八重山民俗園ではムーチー作り体験は年中、好評受付中です。
前日16:00までにご予約願います。





鬼餅(ウニムーチー)の由来
  参考文献: 「琉球の昔物語」 仲宗根 幸市編 暁書房発行

昔首里金城に兄妹がいた。
兄は鬼になって大里の洞窟に住み着き、夜な夜な村を襲い、村人から恐れられていた。
妹は村人に迷惑をかける兄を退治しようと、兄の住む洞窟に行った。
が、兄のあまりの変貌振りに怖くなり、用を足す振りをして逃げてしまう。
数日後、怒った鬼は首里金城の妹の家に行った。
一方妹は鬼の好きな餅を作り、中に鉄を入れて用意した。妹は兄を崖の近くへおびき出し、
「兄さんこないだはすみません、お詫びにおいしい餅を召し上がってください」
と鉄の餅を差し出した。鬼はがつがつ食べようとしたが、歯が立たない。
妹のは普通の餅なので、パクパク食べているのに驚き、妹の下のほうをみて、
「お前の下の口は一体何だ」と聞いた。
妹は「上の口は餅を食べる口。下の口は鬼をかみ殺す口です。」
というなり、妹は着物をまくり上げ、下をあからさまにして兄の鬼に迫った。
びっくりした鬼はふいをつかれて飛び上がり、足を踏みはずしてがけ下に転落し、死んでしまった。
この鬼を退治したのが12月8日。


販売のムーチーには鉄は入っておりません。安心してお召し上がりくださいませ。ニコニコ

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Posted by あやぱに at 15:25Comments(0)TrackBack(0)伝統行事

2007年09月27日

五周年 あやぱに祭

おーりとーり

去った9月26日(水)、八重山民俗園があやぱに株式会社になって5周年のお祝いが催されました。

八重山民俗園は昭和55年に名古屋鉄道株式会社によって開園しました。

以来地域の皆様、お客様に支えられ、盛業を続けてまいりました。

平成15年にうえちグループ あやぱに株式会社が設立され、名鉄から経営を引き継ぎました。

今年5年目の節目を記念して、徳永神司による祈願、新城知子舞踊研究所による奉納舞踊が

八重山民俗園内 神アシャギ前で行われました。

徳永神司による祈願。
 土地の神様に一年間のお礼と、
従業員の健康、なお一層の繁栄を祈願しました。


新城知子舞踊研究所による奉納舞踊



弊社の重役、関係者、ご来園のお客様も見学され、大変喜ばれました。

その後は関係者を招いての小宴が満月のもと、執り行われました。


先日の牧志邸、森田邸の有形文化財登録、新たに2軒の民家の移築計画等、
今後も八重山民俗園は更なる発展を目指し、沖縄八重山観光に貢献していきたい所存であります。
5周年を迎えたあやぱに株式会社、八重山民俗園を今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


シカイト ニーファイユー (どうもありがとうございます。)


  

Posted by あやぱに at 15:46Comments(0)TrackBack(0)伝統行事

2007年08月25日

ソーロン(旧盆)

おーりとーり

今日からの3日間はソーロン(旧盆)です。
沖縄の行事は旧暦が中心。

中でもソーロンはもっとも大切な行事です。
特に仏壇のある家では旧盆3日間はとても忙しいのです。
仏壇へ朝、昼、晩とお食事をお供えするのです。がんばれ、長男嫁!

初日はウンケー、ンカイといって、グショー(後生、あの世)から祖先の魂が仏壇へ帰ってくるのをお迎えします。
2日目はナカビ、3日目はウークイ、ウクリピー(送り日)、で、夜遅く、ご先祖の霊をあの世へお送りします。

旧盆には、各地からの帰省客で賑わいます。

夕方からは、石垣、登野城、新川、大川、真栄里、平得、大浜の各青年会によるアンガマが
市内の民家やホテルなどで繰り広げられます。


アンガマとは八重山独特の伝統行事。
グショー(後生、あの世)から、ンミー(お婆)とウシュマイ(お爺)がファーマー(子や孫)を引きつれて、
仏壇のある家々を訪問し、踊りや、珍問答を繰り広げ、祖先の霊を供養します。
問答は裏声で、方言でやり取りされ、何を言っているかわからないこともありますが、
アンガマの動きもこっけいで、とても愉快な行事です。
観客の鋭い質問に対するウシュマイの切り返しが期待されます(笑)。
ホテルなどでも行われるので、観光でいらしたかたも、チャンスがあればぜひご覧になってくださいね。
サンシン、笛、太鼓のにぎやかな方向にアンガマがいるはず。

そのほか、本島ほど盛んでないエイサーも、新川地区を中心に双葉青年会が、
26日には明石で明石エイサー祭りが行われます。
白保地区では新築の家などをまわって、獅子舞が行われます。

とてもにぎやかな八重山の旧盆、帰省されたかたも、観光でいらした方も、楽しんでいってくださいね。

あっ、八重山民俗園にもちょっと遊びに来てね。

  

Posted by あやぱに at 14:56Comments(0)TrackBack(0)伝統行事